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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4804号 判決 2000年6月08日

控訴人 A野一郎

右訴訟代理人弁護士 桃川雅之

被控訴人 B山松夫

主文

一  被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載8の土地の被控訴人の持分全部につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

二  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨(訴えを交換的に変更)

二  被控訴人

請求棄却

第二事案の概要

一  本件事案の概要は、次のとおりである。

もとA野太郎(以下「太郎」という。)の所有であった別紙物件目録記載8の土地(以下「本件土地」という。)について、太郎の死亡後、控訴人はその持分六分の一を相続により取得し、同じく太郎から相続により取得したA野花子(取下前相控訴人。以下「花子」という。)からその持分六分の三の贈与を受けたが、本件土地には被控訴人に対する東京法務局台東出張所平成六年八月二九日受付第一一三七六号による花子及び控訴人の持分全部移転登記(以下「本件登記」という。)が経由されているとして、控訴人は、本件土地所有権(持分)に基づき、本件土地の被控訴人の持分全部につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めるものである。なお、原審においては、控訴人及び花子は、右各持分に基づいて被控訴人に対し抹消登記手続を求めていたものであるが、請求を棄却され、控訴後当審において、花子は訴えを取下げ、控訴人は訴えを交換的に変更して、右のとおり真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めているものである。

これに対して被控訴人は、抗弁として、控訴人との間で、後記のとおり本件雇傭請負契約と称する契約(以下「本件雇傭請負契約」という。)を締結し、その報酬債権を目的債権とする代物弁済契約(以下「本件代物弁済契約」という。)により本件土地の右持分を取得し、本件登記を経たものであると主張し、控訴人は、再抗弁として、本件雇傭請負契約は公序良俗に違反して無効であり、あるいは本件雇傭請負契約中報酬額に関する部分は錯誤により無効であり、支払うべき報酬があったとしても弁済済みであるから、本件代物弁済契約はその目的債権がなかったもので、無効である旨主張しているものである。

二  争いのない事実

1  控訴人の所有権取得と登記(請求原因)

(1) 本件土地は、もと太郎が所有していた。

(2) 太郎は平成三年三月一七日死亡し、その妻花子、長男控訴人、長女A野春子(以下「春子」という。)、二男A野二郎(以下「二郎」という。)が相続人となり、花子が本件土地の六分の三の、控訴人が本件土地の六分の一の各持分を取得した。

(3) 花子は、平成三年一〇月二日、控訴人に対し、本件土地の自己の持分六分の三を贈与した。

(4) 本件土地には、被控訴人に対する本件登記が経由されている。

2  本件雇傭請負契約(抗弁)

(1) 控訴人と被控訴人は、平成五年四月二二日、次のような内容を有する本件雇傭請負契約を締結した。

① 控訴人は、被控訴人に対し、ブラジル国に居住する控訴人のために日本にある太郎の相続財産を包括的に調査し、その問題状況を整理し、相続財産を現実に取り戻し、不動産占有者その他の関係の第三者や税務署等と必要な折衝をし、控訴人のために有利に売却処分することを依頼し、被控訴人はこれを承諾する。

② 本契約に基づいて太郎の相続財産を売却した場合、その報酬として、控訴人は、被控訴人に対し、売上金額の三〇パーセントを支払う。また、売却に伴う経費は控訴人の負担とする。

(2) 被控訴人は、本件雇傭請負契約に基づき、同年一二月二八日、太郎の相続財産である別紙物件目録記載2、3の土地を合計一億七九〇六万三三七〇円で他に売却した。

(3) 被控訴人は、平成六年七月二五日、控訴人との間で、控訴人に対する本件雇傭請負契約に基づく右売却分の報酬債権、控訴人の持分(花子の法定相続分を含む。)相当額一億一九三七万五五八〇円の三〇パーセントに相当する三五八一万二六七四円のうち、五一五万二三〇四円の支払を免除し、右残金二一〇〇万円の支払に代えて、本件土地の控訴人の持分(花子の法定相続分を含む。)を被控訴人に譲渡する旨の合意をし(以下「本件代物弁済契約」という。)、花子の承諾を得た上、本件登記を経由した。

三  争点

本件の主要な争点は、(1)本件雇傭請負契約は公序良俗に違反して無効であり、(2)本件雇傭請負契約中報酬額の約定に関する部分は錯誤により無効であり、そうでなくてもその報酬債権は弁済により消滅しているから、本件代物弁済契約は無効である旨の、控訴人主張の再抗弁の当否であり、この点に関する控訴人の主張は次のとおりである。

1  本件雇傭請負契約は、次に述べるとおり公序良俗に違反するので、民法九〇条により無効である。

(1) 控訴人は、六歳の時ブラジルに渡って以来、太郎が死亡したころもブラジルに在住していたので、平成三年一〇月一〇日、被控訴人との間で、太郎の遺産の調査、取り戻し、不動産占有者その他の第三者や税務署等との必要な折衝、遺産の控訴人のために有利な売却処分等、本件雇傭請負契約と同様の諸事務の処理を依頼することを目的として、「控訴人は被控訴人、C川秋子、大津晴也弁護士に対して、経費を含めて売上金を基準とした三〇パーセントを支払う。調査費は売上金の一〇パーセント。」等を記載した被控訴人自筆にかかる雇傭請負報酬契約書と題する書面(乙四二の1)に署名押印して、契約(以下これを「従前の契約」という。)を締結したが、その後この手続の一部にかかわっていた大津弁護士が全面的に手を引いたのをきっかけに、平成五年四月二二日あらためて被控訴人との間で本件雇傭請負契約を締結するに至ったものである。

(2) 控訴人は、前記のとおり六歳の時ブラジルに渡って以来同地に在住している者で、日本語の能力は、書く方は殆ど平仮名、読む方も振り仮名を振ったうえ辞書等を使って訳しながら読んだり、翻訳した上読み進むという状況で、日本における法令や社会制度、慣行等日本の諸事情にも疎い者であるうえ、前掲乙四二の1の雇傭請負報酬契約書も本件雇傭請負契約書もいずれも被控訴人が起案したものであるが、通常の日本人にも難解な法律用語や被控訴人独自の言い回しを多数使用し、右のような状況の控訴人には極めて理解が困難なものであったが、控訴人は、被控訴人に言われるまま、これらの書面に署名したものである。

(3) 控訴人が被控訴人に太郎の相続財産の処分等を依頼したのは、相続財産を処分して相続税や譲渡税を支払った上で、余剰の財産を自分も取得したいと考えたからであるのに、本件雇傭請負契約は、これを別紙物件目録記載2、3土地の売買に適用すると、売買代金一億七九〇六万三三七〇円から経費として立退料、仲介手数料等合計七六四五万九四一二円を負担するほか、被控訴人の報酬額として三五八一万二六七四円を支払うことになり(経費と被控訴人に対する報酬を合計した額は一億一二二七万二〇八六円となる。)、控訴人は国税が支払えなくなるという結果になり、控訴人が被控訴人に諸事務を依頼した当初の目的とは格段にかけ離れた結果になってしまうことになる。

(4) 被控訴人は、弁護士や司法書士でもなく、税理士、不動産取引主任者等の資格があるわけでもないのに、前記のように控訴人が日本語の能力が十分でなく、日本の事情にも疎い者であることを十分熟知しながら、これに乗じて、前記のとおり異常に高額な報酬を受けることを目的として、難解な法律用語や被控訴人独自の言い回しを多数使用した書面を起案して、これを十分理解しないままの控訴人をして同書面に署名させて、ブラジルにいる控訴人に代わって太郎の相続財産の調査、賃貸借等の解消、明渡交渉、売買、税金の納付、測量士に対する測量の依頼等の法律事務を扱うことを内容とする、本件雇傭請負契約を締結したものである。

(5) このようにして締結された本件雇傭請負契約は、公序良俗に違反し、民法九〇条により無効のものというべきである。

2  本件雇傭請負契約中報酬額の約定に関する部分は錯誤により無効である。

控訴人は、前記のとおり平成三年一〇月一〇日、被控訴人との間で、従前の契約を締結した後、本件雇傭請負契約を締結したものであるが、控訴人は前記のとおり日本語や日本の事情に疎く、被控訴人からは本件雇傭請負契約と従前の契約との内容の違いにつき十分時間をかけた説明を受けなかったため、その内容を十分に理解することができず、本件雇傭請負契約も従前の契約と内容がそれほど異なるものではないと誤解していた。ところが、実際には本件雇傭請負契約と従前の契約とでは報酬額の約定に関する部分の内容は似て非なるものであったのであるから、本件雇傭請負契約の内従前の契約の内容と異なる報酬額の約定に関する部分は、控訴人の錯誤により無効である。

したがって、別紙物件目録記載2、3の土地の売買について被控訴人が得る報酬額については従前の契約によるべきことになるところ、被控訴人は、買主から受け取り保管していた右売買代金から、立退料、仲介手数料等の経費として合計七六四五万九四一二円、報酬及び経費対応引当金として七一六万二二五八円の総合計八三六一万一六七〇円を充当清算しており、その額は右売買代金の四〇パーセントを優に超えているのであるから、調査費を考慮しても、他には、従前の契約により控訴人が被控訴人に支払うべき報酬はないはずである。

3  以上のとおり、本件代物弁済契約の目的である本件雇傭請負契約に基づく被控訴人の報酬債権は、その発生原因である本件雇傭請負契約の無効により発生していないかまたは弁済により消滅しているから、本件代物弁済契約は無効である。

第三争点に対する判断

一  前記争いのない事実と、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  本件雇傭請負契約締結前の事情

(1) 控訴人の妻であるA野夏子の妹であるC川秋子(以下「秋子」という。)は、平成二年に歯科医としての勉学のために来日したが、間もなく伯母であるD原竹子もその母親であるE田梅子の相続財産が日本に存在しているということで来日したので、右D原竹子とともに右E田梅子の遺産の調査を行おうとして、同年六月、遠縁のA田冬子の紹介で知った被控訴人に対し右遺産の調査及びその後の処理(相続財産を第三者が占有している場合にはその取戻しも含めて)を依頼したことがあった。被控訴人は、右依頼に基づきE田梅子の遺産の調査を行い、三〇数年前に梅子の相続人らが水戸家庭裁判所に遺産分割の審判を申し立て、取り分が一八万円になっていることが分かったため、審判書が送達されていないことを理由として東京高等裁判所に即時抗告を申し立てることを大津晴也弁護士(以下「大津弁護士」という。)に依頼し、大津弁護士は右依頼に基づき即時抗告を申し立てたことがあった。

(2) 太郎は、昭和三二年ごろ、日本における財産の管理を親族に委ねたうえ、妻花子、長男控訴人、長女春子、次男二郎を伴い、ブラジルに移住した。その後平成三年三月一七日に太郎が死亡し、その頃これを知った秋子は、当時、E田梅子の遺産の件は解決までにどの位の費用と時間がかかるのか、これまでにかけた費用は何時取り戻せるのか分からない、不安な時期に差しかかっていたこともあって、控訴人及び花子に対し、自分と被控訴人に太郎の相続調査をさせて欲しい旨の申入れをした。

(3) 控訴人及び花子は、かねて太郎がブラジルに移住する際、日本の財産の管理を兄弟に委ねてきたこともあって、当初は太郎の遺産の引渡しを求めないつもりでいたが、太郎の入院費用を巡って太郎の弟A野竹夫の妻であるA野松子との間に金銭上の紛議が生じたことから、日本に残された太郎の遺産の調査をしようと考えるようになり、平成三年四月ごろ、秋子の右(2)の申入れに応じて、秋子及び被控訴人に対し太郎の遺産調査を依頼するとともにE田梅子の遺産の調査を依頼した。また、その際、秋子に対し、千葉県我孫子市と台東区竜泉に太郎名義の土地があること及びA野竹夫の住所を知らせた。

(4) 花子は、同年四月一〇日、ブラジルにおいて、秋子に対し日本において花子に関する権利を行使することを全面的に委任する旨の公正証書を作成し、秋子は、花子の代理人として、平成三年五月一五日、被控訴人に対し、太郎の相続財産である本件各土地の処分等を委任し、「右事項を達成する為、委任者が第三者を選任し、又委任した場合であっても、国税(相続税、譲渡税除く)を除外した五〇パーセントが選任経費、支払報酬であること。」との文言が記載された「委任状(契約書)」と題する書面を作成した。

(5) 右依頼に応じて、被控訴人と秋子は竹夫方に太郎の遺産について聞取調査に出かけたが、「太郎の財産などない。いまさら何を言っているのか。」などと言われただけで、門前払を受けた形になったため、被控訴人は、我孫子市役所、文京区役所、都税事務所、法務局に赴くなどして調査を重ね、同年五月中旬ごろまでには、太郎の遺産である不動産は別紙物件目録記載の土地(以下「本件各土地」という。)であること、本件各土地の内同目録記載16の土地は更地であったが、同目録記載2、3の土地には使用借権者がおり、その他の土地には賃借権者がいることを太郎及び花子に対し報告するとともに、相続税の支払のためには不動産の一部を売却する必要があること、実際は被控訴人が動くが、土地の売買、税金の納付、測量士に対する測量の依頼等のために弁護士に入ってもらう必要がある旨を報告し、大津弁護士宛の委任状に署名するように求めた。

(6) ところが、春子及び二郎は太郎の遺産に関する調査等を被控訴人に委任することを了承せず、控訴人及び花子の意向に反して、平成三年五月、太郎の遺産の調査、処分等を従兄のB野春夫に対し委任してしまった。そこで、控訴人は、太郎の相続人の足並みをそろえるために、大津弁護士を代理人に選任して、被控訴人は形の上では大津弁護士の下で働くということにして春子及び二郎を納得させ、同年六月三日、太郎の相続人である花子、控訴人、春子及び二郎は、太郎の相続財産である本件各土地の処分等を大津弁護士に委任し、これを証する書面をそれぞれ作成した。

(7) この時点では、関係者間で太郎の遺産処理にどの程度の時間や労力、費用がかかるのか見通しがついておらず、殊に、控訴人は、昭和二六年一月八日生まれで、前記のとおり移住して以来平成三年に本件に関して来日するまでの間日本に帰ったことはなく、学校ではポルトガル語を使用し、家では日本語で会話するという生活をしていたため、日本語での会話はできるものの、読み書きについては、書く方は平仮名と片仮名程度、読む方は小学校二、三年生程度の能力しかなく、日本語の文章でのやりとりには辞書を欠かせず、日本における法的あるいは社会的制度や慣行等の諸事情については極めて疎い状態にあって、このような場合の報酬の額や経費の負担の定めの相当性について判断することができる状況にはなかった。

(8) 右委任に基づいて、大津弁護士は、同年六月、別紙物件目録記載16の土地を、太郎の相続人らのためにすることを示して、三〇〇〇万円で他に売却した。被控訴人は、そのころ、大津弁護士から、それまでに被控訴人がすでに立て替えていた経費及び今後の経費として四〇〇万円を受領した。

また、被控訴人は、太郎の遺産につき不動産と並んで有価証券についても調査を進めていたが、その過程で同年九月、松子との間で、控訴人が松子から七〇〇万円の支払を受けることなどを内容とする和解を成立させた。

(9) 同年一〇月には太郎の相続に関する相続税の申告をするについて、相続財産の総額が五億一八二四万六八三一円であって、課税額が合計一億七〇九七万八一〇〇円になることが分かったため、本件各土地を売却して相続税を納付する必要のあることが具体化し、同年九月五日、花子及び春子は太郎の遺産である本件各土地の処分等に関する一切を被控訴人に委任するとともに、これを証する書面を作成し、控訴人は、同年一〇月一〇日、被控訴人との間で、次の内容の従前の契約を締結し、これを証する書面を作成した。

① 経費を含めて、売上金を基準とした三〇パーセントを、大津弁護士、被控訴人、秋子に支払う(所得税別)。

② 譲渡所得税を平成三年度三〇パーセント、平成四年度四〇パーセントとした余剰金は右①に組み入れる。

③ 花子、春子の財産の処理についての一切の責任は控訴人がもつ。

④ 調査費は売上金の一〇パーセント。

(10) 大津弁護士は、右(8)の売買契約のほか、平成三年一一月から同四年三月までに、別紙物件目録記載14及び15の土地を合計二一八九万六〇〇〇円で、同6の土地を四二一〇万八〇〇〇円で、同7及び9の土地を合計一八一二万円で、同10の土地を三九四二万五〇〇〇円で、同11の土地を一二〇〇万円で、それぞれ太郎の相続人らのため他に売却した。右売却に当たっては、当初、被控訴人が、不動産業者に話を持ち込んだものの価額の点で折り合いがつかず、結局賃借権者に売却することにして賃借権者の間を交渉して回り、話をまとめた後、大津弁護士が売買契約を締結したものであった。

(11) 右各売買契約とは別に、大津弁護士は、平成三年一二月三〇日、有限会社D川コンクリート商事に対し、別紙物件目録記載1ないし3の土地を合計二億八七五四万四〇〇〇円で売却する旨の契約をまとめ、平成四年一月、大津弁護士及び被控訴人は、太郎の遺産に関するこれまでの調査、整理の経過を報告するとともに、二郎との委任契約を締結するため、ブラジルに赴いた。

(12) 平成四年一月、控訴人を始めとする太郎の相続人らは、ブラジルを訪れた大津弁護士と被控訴人に初めて会った。被控訴人らは一週間程ブラジルに滞在したが、その間の平成四年一月二二日、二郎は、控訴人に対し、前記(9)の花子及び春子と同様の委任をする旨の書面を作成した。

(13) その後、控訴人は、同年二月二日から同年三月二六日までの間第一回目の来日をし、右(10)の売買契約の締結に一部立ち会ったり、各種手続の準備をしたりし、同年三月一九日には大津弁護士から、次のような内容の収支報告を受けた。

① 右(8)、(10)の売却代金の総額が一億六三五四万九〇〇〇円であったこと。

② 右(9)の従前の契約により、報酬及び経費としては、右代金総額の三割(税は別払)である四九〇六万四七〇〇円及びその税額四九〇万六四七〇円の合計五三九七万一一七〇円となること。

③ 太郎の遺産調査費及び報酬は一三二〇万円

④ 相続人が取得する金員(合計 九六三七万七八三〇円)

花子 四八一八万八九一四円(但し、平成三年一〇月二日、自己の全ての遺産持分を控訴人に贈与しているので、同金員は全て控訴人に支払われる。)

控訴人 一六〇六万二九七四円

二郎 一六〇六万二九七一円

春子 一六〇六万二九七一円

(14) そのころまでに、被控訴人は、大津弁護士から、報酬及び経費として右(13)②の三分の一に相当する約一七〇〇万円及び同③の一三二〇万円の支払を受けた。

二郎と春子は、同年二月七日ごろ大津弁護士を解任し、その後の処理を網野弁護士に委任した。大津弁護士は別紙物件目録記載1ないし3の土地についての右(11)の売買契約を解約した。

2  本件雇傭請負契約の締結とその後の事情等

(1) 控訴人は平成五年三月二七日から同年五月二四日まで二度目の来日をし、右来日中、それまで被控訴人がしてあった調査、交渉の結果に基づいて、竹夫との間で和解をしたが、そのころ大津弁護士が控訴人に対する関係でも辞任してしまったため、同年四月一三日、被控訴人に指示されるまま、改めて被控訴人との間で本件雇傭請負契約を締結した。

(2) 控訴人は平成五年七月二一日から同六年一月一日まで三度目の来日をしたが、その間、被控訴人は本件雇傭請負契約に基づき、控訴人に代わって、平成五年九月一〇日、別紙物件目録記載1の土地を一八〇〇万円で他に売却し、預かり保管していた右代金の内九九三万円を延滞していた控訴人らの相続税の一部として納付し、三六〇万円(控訴人の持分に対応する代金額一二〇〇万円の三〇パーセント)を被控訴人の報酬として差し引く等して、残金を控訴人に支払い、さらに同年一二月二八日、別紙物件目録記載2、3の土地を、地上建物とともに、株式会社C山に対し、合計一億七九〇六万三三七〇円で売却した(但し、内四九七五万円は地上建物の権利者に立退料として支払われた。)。右売買契約においては、代金の内八七三四万一七〇〇円は株式会社C山が控訴人ら相続人に代わってその相続税の滞納分を納付することにより支払い、売主側である控訴人ら相続人には合計四二九〇万八三〇〇円が支払われるはずであったが、代金として実際に支払われたのは一八一三万六六三〇円に止まり、右相続税の滞納分の納付も実行しないうちに株式会社C山は倒産してしまった。

(3) そして、被控訴人は、株式会社C山から受領済みの右代金一八一三万六六三〇円を控訴人に渡さないばかりか、控訴人が何度問い合わせても、収支の報告はおろか、応答さえしなかったため、平成六年四月八日、控訴人は、被控訴人に対し、本件雇傭請負契約を解除する旨を記載した委任契約解除通知書を送付した。これに対して被控訴人は控訴人に対し、平成六年五月二〇日、本件雇傭請負契約を根拠にして、その報酬として、別紙物件目録記載2、3の土地の売買代金の控訴人の持分(花子の法定相続分を含む。)相当額一億一九三七万五五八〇円の三〇パーセントに相当する三五八一万二六七四円の支払請求権を取得したとして、右金員から既払金である九六六万〇三七〇円を控除した二六一五万二三〇四円の支払を請求するとともに、「訴訟を起こす。」とか「お前たちには勝ち目がない。」とか言ってきたため、控訴人は、この点について被控訴人と話し合うために、平成六年七月二一日から同年八月一五日まで四度目の来日をした。

(4) その後日本において話し合った際にも、被控訴人は同様の言い分を繰り返ししたため、控訴人が金がないと言うと、被控訴人は、太郎の遺産である竜泉の物件をよこせと言ってきたため、平成六年七月二五日、控訴人は、被控訴人から右請求にかかる二六一五万二三〇四円のうち五一五万二三〇四円の支払の免除を受けたうえ、右残金二一〇〇万円の支払に代えて本件土地の控訴人の持分(花子の法定相続分を含む。)を被控訴人に譲渡する旨の本件代物弁済契約を締結するに至った。

(5) 本件2、3の土地の売買に関して本件雇傭請負契約を適用した場合、被控訴人が自ら作成し控訴人に交付した決算書によっても、控訴人は、当初約定の売買代金一億八〇〇〇万円から実測面積減に基づき減額した九三万六六三〇円を差し引いた一億七九〇六万三三七〇円から、経費として、少なくとも立退料四九七五万円、関東開発事業株式会社等仲介手数料一〇〇〇万円、横田地所手数料一〇〇万円、増子司法書士費用三四万一三〇〇円、安達弁護士費用二〇万円、大津弁護士費用三五七万円、網野弁護士費用四四〇万円だけでも六七九二万円を負担するほか、被控訴人の報酬として三五八一万二六七四円を支払わなければならなくなり、経費と被控訴人に対する報酬を合計した金額は少なくとも一億〇三七三万二六七四円となり、控訴人としては税金分(《証拠省略》によれば相続税だけでも八七三四万一七〇〇円)も残らない結果になる。

(6) 被控訴人は、弁護士や司法書士でもなく、税理士や不動産取引主任者等の資格があるわけでもないのに、昭和五二年ごろから、「金融・総合調査事務所 B山商事」なる名称のゴム印や名刺を作成しこれを使用するなどして、貸金業のほか、金融に関連した調査(逃亡した債務者の所在調査等)などを業としているものであるが、このことと、本件雇傭請負契約の内容、前記のとおりC川秋子からE田梅子の遺産調査の依頼を受けてから行っていることや、本件雇傭請負契約の前後を通じて、被控訴人が控訴人ら太郎の相続人の依頼により行ったものとして、被控訴人が自ら提出した乙八号証に記載されている別紙一覧表記載の事務の内容、数量等からみると、被控訴人は、報酬を受けて、第三者に代わって、その相続財産の調査及びこれをめぐる紛争、遺産である不動産の賃貸借契約の解消や明渡をめぐる交渉、相続財産である不動産の処分、相続税や譲渡所得税の納付等に関する法律事務を業として行っていたものと認められる(当審における被控訴人の供述中にはこれらの事務の受任を業として行っていることを否定する趣旨を述べる部分もあるが、右の各事情に照らして採用しがたい。)。

二  以上認定の事実によれば、控訴人と被控訴人との間で締結された本件雇傭請負契約は、被控訴人が控訴人ら太郎の相続人に代わって、太郎の遺産の調査、処分等をすることを主要な目的とするものであるが、弁護士や司法書士でもなく、税理士や不動産取引主任者等の資格があるわけでもない被控訴人が、控訴人ら相続人に代わって、太郎の遺産である土地を管理していた太郎の弟竹夫との間の紛議の解決、同土地の占有者との賃貸借契約の解消や明渡をめぐる交渉、これらの不動産の処分、相続税及び譲渡所得税その他の税の納付に関する法律事務等をすることについて委任を受け、あるいはその事務の処理をすることを請け負い、これに対し、控訴人から日本弁護士連合会の報酬基準、宅地建物取引業法四六条、建設省告示第一五五二号の報酬基準のいずれと比較しても、異常に高額の報酬の支払を受けることを内容とするものであり、被控訴人は報酬を受けてこれらの法律事務等を第三者に代わってすることを前記のとおり業として行っていたものと認められ、その行為は弁護士法七二条本文に抵触するものというべきである(被控訴人が、控訴人から依頼された事務の一部については弁護士に委任していたことがあることは前記のとおりであるが、それは被控訴人が依頼された事務の一部について弁護士を補助的に利用したにすぎない程度のことであり、しかもその弁護士に委任した事務についても重要な部分において被控訴人自身が実質的にかかわっていることは疑いない。)。さらに、本件雇傭請負契約を証する書面の記載は、平均的な読解力及び理解力のある日本人でも、その内容、特に、従前の契約との異同を正確に理解することが決して容易であるとはいいがたいものであるうえ、控訴人は前記のとおり幼いころブラジルに移住して以来同地に居住しており、日本語の読み書きの能力が著しく低く、日本における法的あるいは社会的制度や慣行等の諸事情には極めて疎い状態にあり、日本にある太郎の遺産の処理に当たって頼りにできるのは被控訴人のみであるという特殊な立場におかれていたものであって、被控訴人は、これらの事情を熟知しながらこれに乗じて、控訴人において理解することが容易ではない前記のような書面を作成して、控訴人との間で本件雇傭請負契約を締結したものであることが認められる。そして、前記のとおり本件2、3の土地の売買に関し本件雇傭請負契約を適用した場合には、売却代金額は一億七九〇六万三三七〇円であるのに対して、経費と被控訴人に対する報酬を合計した額は少なくとも一億〇三七三万二六七四円となり、当初控訴人が相続財産を処分し、相続税や譲渡所得税を納付した後の余剰を取得したいと考えていたこととはおよそ異なり、控訴人の手元には、税金分(相続税だけでも八七三四万一七〇〇円)も残らないという結果になってしまうことが明らかである。これらの事情を総合すると、本件雇傭請負契約は、公序良俗に違反し、無効のものであるといわなければならない。

これに対して被控訴人は、「太郎は長男であったが、昭和三二年にブラジルに移住したため、日本にある財産は二男のA野竹夫が管理し、事実上同人らに贈与したような状態になっていて、控訴人は太郎の相続財産につきその所在すら知らなかったのに、被控訴人は、控訴人の義妹C川秋子と共に太郎名義の財産の調査をし、A野竹夫の妻A野松子と激しい確執の末、A野竹夫から太郎の土地を返還させたものである。しかも、同土地にはいずれも借地人が居住しており、その売却処分は難しいものであったのに、控訴人は、あきらめていた土地を取り戻すことができることから、このような被控訴人の大変な苦労に対し感謝し納得して三〇ないし五〇パーセントという報酬の支払も約束したものであり、本件代物弁済契約に際しても心から喜んで約束に応じたものである。」などと主張するが、たとえ被控訴人が主張するように、被控訴人において太郎の遺産の調査、処分等に苦労し、これに対して控訴人が感謝の意を表したことがあったとしても、これによって本件雇傭請負契約が公序良俗に違反し無効であるとの右の判断を左右することができるものではない。

三  そうすると、本件代物弁済契約の目的債権である本件雇傭請負契約に基づく被控訴人の控訴人に対する報酬請求権は、その発生原因である本件雇傭請負契約の無効により発生しなかったものであるから、本件代物弁済契約は無効であるといわなければならない。したがって、その余の点については判断するまでもなく、控訴人が被控訴人に対し、本件土地の被控訴人の持分全部につき、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める本件請求は理由のあることが明らかである。

四  よって、当審において訴えを交換的に変更した控訴人の被控訴人に対する本件請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して(なお、本件においては前記のとおり訴えの交換的変更があったものであるが、請求の基礎には変更がなく、従前の訴訟資料をも利用して審判しているのであるから、この点を勘案して、第一、二審の訴訟費用の全部について裁判しておくこととする。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 川口代志子 裁判官宗宮英俊は差し支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 小川英明)

<以下省略>

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